昨日、学位記授与式、世に言う修了式があり、私はついに(!?)学生生活に別れを告げた。この大学は事務がけっこう… だったという印象が強かったのだが、期待に違わず?!最後までグダグダでした。だって、「学位記授与式」なのに、 「学位記をいつどこでどのように渡すか」についてのアナウンスが全くなしって…。まあ、院生方も察したのか、研究か事務室に殺到、 それで事務方があわてて誰がどの手続きを担当しているのやら全くわからず…。最後までこんなか…。
まあ、とまれ、式のあとに、研究科事務室にて学位記を授与されました。 一人ひとりちゃんと名前から内容から読んで渡してくれるんですなあ。で、写真を撮影して終了。学生証も返還し、晴れて? 学生から足を洗いました。
私のところの学位記は紅色なんですなあ。内容はというと、日本語と英語で書いております。やはり英語と日本語で学位の名前が違うが、 それはご愛嬌(…で済まされるのかどうかは別問題だが)。学位記は詳しくお見せできないが、こんな感じ↓。

まあ、思ったほど感慨はない。だって、これがすぐに何かになるわけではないし(もちろんカネには代えられないし(笑))。それに、 現在の博士号のシステムはどうにも納得できない側面がある。自分もこのシステムに助けられていること(意味はわかるでしょう)を考えれば、 あまり大きな声では言えないような気もするけれど、やはり日本の学術システム、とりわけ文系のそれは、私のみるところ、少々いびつというか、 制度的欠陥が多くあるというか、何にせよ「学術」のために直結しているとは思えないものである。
でもまあ、それでも一応区切りにはなったような気もする。「学生」 といっても今となってはほとんどの時間が非常勤教員として生活しているので、あまり実際の生活の変化もないだろう。 もし研究一本やりで最低限のアルバイトで食うや食わずやの状態で博士論文を書き上げたというなら、博士号の感動もひとしおだろうけど。でも、 実際上はそううまくいかないのではないか ―少なくとも私は無理だった―、と思う。学術研究と経済状況は、 やはりある程度の折り合いをつけていかなければならないのだ。ということは、非常勤があってこその学位なのだと思う。
ともあれ、学位は出た。これからはあまり「長い」研究に拘泥されることはなくなる、そして少なくともしばらくは好きな本が読める… といいなあ(笑)。

