2009年06月01日

最近見たもの ―「NHKスペシャル」「海角7号」「遥かなる絆」

 タイトルが意味なく長くなってしまった。まあ、それはそれで。

 またもや長い間更新せず。これにはわけが…特にあるというわけではなく、単にめんどくさかったから。まあ、来週から中間試験 (というとどうしても高校までのテストを思い出すが、まあ要するに学期の途中でやるテストのこと)があるので、 とりあえずこのタイミングで書いておきたいなあ、と思うわけであります。

 何をか、というと、タイトルにあった三つのもの。「NHKスペシャル」は、物議をかもした「日本デビュー」のこと。まずはこれから。

 「Nスペ」は、台湾統治における日本の行為を、被統治者たる台湾人からふりかえろうとしたもの。後ろに某研究会の影が見えるが、 まあ、それはいい。被統治者が日本のテレビ(しかも国営放送!)に、統治されていたときの差別などを率直に述べていた点は、 やはり評価すべきだと思う。台湾に行けばいくらでも聞くことのできる話ではあるが、日本の国民にとっては台湾の「反日」はある意味で「新鮮」 だったかもしれない。
 でもまあ、やはりこれが物議をかもした理由もわかる。確かにインフラなどの点で近代化を推し進めたのは日本という要素は大きいし、 後に来た国民党政権がひどすぎたために日本の統治が懐かしく思い出されるというのは確実にあると思う。そのあたりは、 予備的議論として放映すべきだったと思う(特に日本は台湾についてあまり知らないのだから)。
 ただまあ、Hさんも指摘されていた(いや、こちらの曲解かもしれないが?!)ように、この「物議」の質があまりに低すぎるのではないか、 と思った。抗議した方々はおおむね独立派およびそれに賛同する一部の日本人士だったが、 彼らの議論は正直言って台湾の現実の複雑さに到底適応しうるものではない。彼らは「親日/反日」と「親台/反台」と「親中/反中」 というカテゴライズがあたかも一対一対応しつつマッピングできると考えているようだが、台湾はそう単純ではない。 それに某氏も指摘するように、台湾人(このカテゴライズも問題だが)の人の良さ、あるいは悪く言えば「調子よさ」というのもあるだろう。 台湾人の日本への思いというのは理屈と感情、そして現実の人間関係も含めた人情といったものによって形成されているのだから、 一元化されることなどまずありえない。台湾人一人ひとりのなかの精神に、それぞれのやり方で埋め込まれた記憶なのだ。だからこうした意識は、 社会科学よりもむしろ文学の感性の方が汲み取りやすいのではないか、と思う。
 だから、この「反日」などという抗議はあまり生産的だとは思えない。某先生が著書のなかで述べておられたように、 台湾をあまり単純に考えてはならないのだ。

 このような認識を持つと、台湾で大ヒットした映画「海角7号」の問題も浮かび上がってくるだろう。 ストーリーなどは検索すればすぐに出てくるだろうから書かない。
 正直申して、この映画の完成度はさほど高くないように思う。演出もうまくないし、何より肝心のラストは取ってつけたようなものだし。 ただし、台湾語・北京語・日本語などの言語の選択や、それにまつわる軽妙なやり取りなどは秀逸だと思った。台湾、 とりわけ南台湾ではああした状況は絶対にあるだろうなあ、と思わせてくれる。
 ただし。問題というのは、これだけで「台湾らしさ」を味わった気にさせてしまうという、ある意味での恐ろしさだ。この映画の評論では 「本土化された台湾人が、中国化された国民党政権に対抗してヒットさせた」というものが散見されている。 もちろんそういう側面もあるだろうが、それでは台湾のすべてではない。異端、 あるいはあまり見られたくないものを無理に隠しているように思えてしまうのだ。それは、台湾人にとって「残念」かもしれない「中国性の影」 である。この映画には本省人・原住民・客家人・日本人は出てくるが、外省人は出てこない。で、それらの登場人物はすべて「いとしく」 描かれている。それはもちろん映画なのだから設定自体を変えろとは思わない。外省人が出ない映画だって全くかまわない。ただし、 外省人の持つ、様々な意味での「記憶」を消してそれでよしとすることは、やはり台湾理解にとってあまり好ましくないと思ってしまうのだ。 日本が台湾の植民地であった記憶を消すというのはどうなのか、という問いもあろうが、何にしたって台湾に住んでいる/ 住んでいた人の記憶を都合よく消すことは許されないのではないか、と思ってしまうのだ。それは ― たとえ外省人がどんなにひどいことをしていようとも!― 歴史の曲解だし、悪く言えば「記憶の暗殺」だと思う。 やはり台湾は歴史性を強く意識したうえで認識しないと、大きなものを失ってしまうような気がする。「記憶」も「トラウマ」 も含めて理解すべきだろうと思う。それが台湾を理解する難しさなんだろう。

 で、そういう歴史意識をうまく描けていたと思うのがNHKの連続ドラマ「遥かなる絆」だった。もちろんあれは実話で、 残留孤児だった父親の足跡を娘が辿っていくという、かなり特殊な経験がベースになっているため、 歴史というものが否応なしに意識されたつくりとなっていた。ドラマの細部にはいろいろあるけれども(特に中国語の出来なんてのは、 ホントにどうでもいいことだと思う)、それはあくまで小さな問題だと思う。歴史、しかも戦争の歴史に向かうという、日本人として、 そして人間としてかなり辛いとも思える体験を、ドラマながらトレースしてくれたことに謝意を示したいと思う。 それは冷戦期の政治的イデオロギーのような単純なものではなく、やはり理屈と感情と人情の混じったものだったろう。それが歴史であり、 中国そのものなのだと思う。素朴な、無謀とも思える歴史との取り組み、そして格闘。それを私は支持したいと思う。

 歴史に対する認識をめぐって、この三本は教訓を残してくれたのではないかと思う。それは、東アジアの現在を見るには、 やはり歴史認識の再確認が必要なのだ、ということ。それはいずれの政治的イデオロギーにも収斂されない、生の感覚である。 政治も社会も経済も、そして人間の愛憎もナショナリズムも、すべて混合した「歴史」を見る時期に来ているのではないか。そして、 単純なナショナリズムによってすべてが彩られがちな現在だからこそ、そうした「歴史」を少しでも見る人間が必要とされているのではないか、 と思う。それに私がなれればいいが…まあ、無理かもなあ(笑)。

posted by Starless at 23:49| 東京 晴れ| Comment(1) | 中華圏カルチャー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月07日

GWのことなど

 いやはや、このblogにしても、mixiにしても、ホントに更新しなくなったなあ。まあ、 いろいろやることがあるのは幸せなことなのかもしれないが…。

 カンタンにGWの行動をば。

 29日:祝日なのに山の学校は授業がある(!)ので、授業を。さすがに少々欠席者多め、まあ、ええか。その後相方と横浜で落ち合い、 みなとみらいの「万葉倶楽部」へ。ここは、まあ、 スーパー銭湯みたいなもんなのだが、なかなかリラックスできてよい。風呂は一応温泉 (といっても遠方から毎日お湯ごと持ってくるという強引なものだが)だし。宿泊もして(部屋は狭いがけっこう安い)リラックス。 某番組のロケで様々な芸能人を見る。

 30日:万葉倶楽部から直接IKEAへ。整理ボックスやらなにやら買い込む。よい買い物をしたと思う。

 1日:通常授業。帰りに盛り場でショッピング…やったっけな。

 2日〜3日:一日家でのんびり。

 4日:新宿へ母の日のプレゼントを買いに行く。

 5日:天気が悪かったため、終日相方とのんびり。

 6日:雨が降りそうだったが、根津の方へ散歩に行く。古本屋もさることながら、文豪の旧居などが点在しているのは、 やはりここが風情があっていいところだからか。谷中霊園でいろいろな方々(川上音二郎や徳川慶喜など)の墓を見てから、観潮楼 (森鴎外の旧居)、猫の家(夏目漱石邸跡)、高村光太郎夫妻の旧居跡などを見る。ほとんど建物は残っていないが、 石碑くらいは立っている感じだ。ちなみに、高村邸のほど近くに宮本百合子の家もあったはずなのだが、何の記念もされていないようだ。 やはり時代か…。いつかは水月ホテル鴎外荘にも泊まってみたいねえ。まあ、 しばらくは日帰りか(笑)。

 仕事方面は、翻訳と教科書の執筆で終わってしまった、いな、まだ終わっていない…。 夏まではやらねばならん仕事が目白押しなのが困る…。

 まあ、全体としてはけっこうのんびり出来てよかったんじゃあないでしょうか。また新たに…働かねばならんのか…(苦笑)。そうそう、 この間にテレビ番組(ほとんどNHKだが)もけっこう面白いものがあったのだが、それはまたの機会に。

 写真は猫の家。猫がおりますな。なかなか風情があります。まさに『坊ちゃんの時代』を思わせますなあ。

 

posted by Starless at 18:46| 東京 雨| Comment(1) | 日常雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月09日

もう新学期

 何のかんのとしている間に、もう新学期である。私も来週から授業をはじめなければならない。また早起きの日々が始まるのか〜、と、 少々ゼイタクを言ってみる。

 学位授与式からこのかた、私も相方も体調がすぐれなかったため、特に何ということもなく過ぎた。… といえばいかにもダラダラしていたみたいだが、まあ、やるべきことは…あまりやってないか(笑)。学位というのは通過点に過ぎないとはいえ、 一つの区切りにはなるようで、「次の一歩」がなかなか出てこなくなるような感じがある。それは私が怠惰だからにほかならないのだが。まあ、 「博論のネタを引っぱる」というセコイ手を使うか(笑)。

 しかし、この間、ずいぶん本を見る時間が増えたような気がする。博論を書いていたときには古本屋に行くのを極力控えた (というよりほとんど行かなかった)のだが、この一週間ほどでわりと多くの古本屋をめぐることができた。 それは用事のついでであったり偶然であったりするのだが、なかなかの収穫。神保町の「古本祭り」はいつもの通りだが、 いまの居住地の近くにもけっこういい店があったし、下北沢、西荻窪、吉祥寺にもいい古本屋があった。特に西荻窪のそれは、人文・ 社会科学の理論系(法政大学出版社が出してる感じのものですな)がかなりそろっていて楽しかった。まあ、 買ってみたところで読む方が追いついていないという話もあるが…。まあ、「つんどく」も役に立つことがあるんですよ。たぶん。

 こう考えると、今は博論からの「リハビリ」をしているのかもしれない。以前にも書いたが、やはり少々いびつ? な学術制度の下で生きざるを得ない身としては、こういう「リハビリ」はやはり必要だ。心根がすこしすっきりした。

 さて、新学期。今年は木曜日に休みができた。「研究日」ということなんだろうが、有意義に使いたいなあ。

posted by Starless at 01:05| 東京 晴れ| Comment(1) | バイト・非常勤など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月24日

「学生」の終わり

 昨日、学位記授与式、世に言う修了式があり、私はついに(!?)学生生活に別れを告げた。この大学は事務がけっこう… だったという印象が強かったのだが、期待に違わず?!最後までグダグダでした。だって、「学位記授与式」なのに、 「学位記をいつどこでどのように渡すか」についてのアナウンスが全くなしって…。まあ、院生方も察したのか、研究か事務室に殺到、 それで事務方があわてて誰がどの手続きを担当しているのやら全くわからず…。最後までこんなか…。

 まあ、とまれ、式のあとに、研究科事務室にて学位記を授与されました。 一人ひとりちゃんと名前から内容から読んで渡してくれるんですなあ。で、写真を撮影して終了。学生証も返還し、晴れて? 学生から足を洗いました。

 私のところの学位記は紅色なんですなあ。内容はというと、日本語と英語で書いております。やはり英語と日本語で学位の名前が違うが、 それはご愛嬌(…で済まされるのかどうかは別問題だが)。学位記は詳しくお見せできないが、こんな感じ↓。

 まあ、思ったほど感慨はない。だって、これがすぐに何かになるわけではないし(もちろんカネには代えられないし(笑))。それに、 現在の博士号のシステムはどうにも納得できない側面がある。自分もこのシステムに助けられていること(意味はわかるでしょう)を考えれば、 あまり大きな声では言えないような気もするけれど、やはり日本の学術システム、とりわけ文系のそれは、私のみるところ、少々いびつというか、 制度的欠陥が多くあるというか、何にせよ「学術」のために直結しているとは思えないものである。

 でもまあ、それでも一応区切りにはなったような気もする。「学生」 といっても今となってはほとんどの時間が非常勤教員として生活しているので、あまり実際の生活の変化もないだろう。 もし研究一本やりで最低限のアルバイトで食うや食わずやの状態で博士論文を書き上げたというなら、博士号の感動もひとしおだろうけど。でも、 実際上はそううまくいかないのではないか ―少なくとも私は無理だった―、と思う。学術研究と経済状況は、 やはりある程度の折り合いをつけていかなければならないのだ。ということは、非常勤があってこその学位なのだと思う。

 ともあれ、学位は出た。これからはあまり「長い」研究に拘泥されることはなくなる、そして少なくともしばらくは好きな本が読める… といいなあ(笑)。

posted by Starless at 15:52| 東京 晴れ| Comment(0) | 日常雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月20日

花粉症になりました

 最近、ついに花粉症になりました。いや、正確に言えばかなりの確率でなったと思います。

 いやいや、ここ最近鼻水で眠りが浅く、常時眠いような状態となり、微熱が出て、時に鼻水&鼻づまりで呼吸困難に。これはまあ、 もしやということで耳鼻科にはせ参じ、血液検査を受けたのでした。まあ、まだ結果は出てはいないが、おそらく…ということになります。 しかも、耳鼻科でもらった薬を飲むと結構効くんです。これは…。

 杉だかヒノキだか知らんが、そんなもん片っ端から切り落とせ〜…などと考えてしまう今日この頃でした。皆様、 花粉症にいいものがあれば個人的に教えてくだされ。

 今回はご用件(?)のみにて。

posted by Starless at 16:36| 東京 晴れ| Comment(0) | 日常雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

WBC!

 さて、これももうずいぶん前のことにはなるが、見に行ってきましたがな、WBC。チケット、なかなか取れなかったらしいがな。

中国 VS 韓国

 …前日に日本が韓国に負ければこの日が日本の試合だったのだが、日本が韓国を下したためにこちらに韓国が回ったと。さらに、 台湾が中国によもやの敗退。で、この「夢のカード」実現。でもまあ、 チケット代が高いからおいそれとキャンセルするわけにもいかないだろうから、やはり客は多いのではないか、と予想。 私はアジア野球に興味があるし、別のテーマ(ここでは言うまい)もあるので、当然行くことにした。

 で、当日のようすは↓。

 

 皆さん、キャンセルなさったということで(笑)

 しかも、7回コールド。ただし、中国の野球は確実に強くなっているようだ。 マイナーリーグの選手も増えたし、ピッチングの技術や守備が格段に進歩している。まあ、まだ日韓には追いつかないだろうが、 10年後は果たして、と期待する次第。

 まだWBCは続いております。でもまあ、私にとってのWBCはこの試合であります(断言)。だって、 日本の野球はいつでも見られる…かどうかはわからないが、中国の野球なんておいそれとは見られないもんなあ。でも、 今回の野球する姿を見ながら、今度中国へ行ったら絶対にプロ野球を見に行こう、と心に固く誓う私でございました (←他に誓うことがあるやろうに(笑))。

posted by Starless at 02:23| 東京 晴れ| Comment(0) | その他カルチャー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月18日

町の学校を卒業

 3月18日、町の学校の最後の卒業式。もちろん「最後」というのは私だけに当てはまることなのだけれど。

 会場の日比谷公会堂は、1929年に完成されたという建物。モダン建築を見て喜んでしまうコロニアル根性の持ち主たる私は、 周りの写真を撮ってみる。建物の横にある窓の意匠などはとてもおもしろいなあ。こうした建物で式が挙げられるのは幸せだろうなあ、と思う。 そういえば、私の場合は何の変哲もない大学講堂ばっかりだったなあ。いや、博士は由緒正しい講堂(日比谷公会堂より古いと記憶している) だっけ。これまた幸せだねえ。…などと考えつつ講堂の周りを歩いていると、さっそく学生たちに出くわす。

 馬子にも…というのは失礼だが、やはり女子学生が多いと華やかである。あたり一面袴だらけ、という異様な光景。しかも、 異様に赤を基調にしたものが多い。目をぼんやりとさせてみていると、あたかも紅衛兵のように見えてくる(半分冗談です)。 何だかんだといいながら中へ。中はこじんまりしていて、やはり上品な感じが漂う。サイドにある売店の天井の低さが、 この建物の伝統と古さを思い起こさせる。

 午後1時、学生席に紛れ込みつつ式を見る。いつもより時間短縮を狙ってか、学位記授与がやたらスピーディだ (ここは全員に学位記を壇上で授与する)。だから都合2時間ほどで終了。まあ、そうでないとだれてしまうわなあ。それでなくても…。

 それにしても、ほとんどの学生が校歌を歌えないのは驚いた。でもまあ、考えてみれば私も大学のときの校歌なんてほとんど歌えない (笑)。やはり何らかのイベント?でもないと、覚える気にはなれないのかもしれない。ちなみに、大学の校歌はホントにヘンな歌やったなあ。 中学と高校の校歌がよかっただけにがっかりした覚えがある。

 式のあとは、卒業パーティ。17時半から、某ゆりかもめ駅近くのホテルにて。男子学生および教員にとっては、 この間の時間も結構暇をもてあます。女子学生の着替えの時間を入れているため、時間に余裕がありすぎるのだ。私は16時半前には到着、 ホテルを探検しておりました。しかもあんまり探検するところもないという…。腹は減るし、疲れるし。

 パーティはつつがなく?終了。立食パーティにしてはやや手狭な会場ではあるが、まあ、こんなもんでしょう。料理も飲み物も普通… くらいだろうか。とりあえず腹ごしらえを。

 ここの卒業式は、年々淡白になっているような気がする。二年ほど前はスライドなどの「泣かせる演出」がけっこうあったのだが、 今年はやたらとあっさりしていた。昔は周りの学生たちがけっこう泣いていたのだが、今年は泣いてる学生の方が少ないくらい。淡白なもんだ。 あっさり気質は他の要素も絡んでるんだろうか。唯一の演出?は、この白い羽根がばーっと落ちてくる…少々ブラックな気持ちで撮影(笑)。

CIMG0299その後、某駅近くのイタリアン?に移動し、しばらく楽しんで帰宅。ぎりぎり午前様(?)。 だから、このblogのアップした日は偽造?でございます。

 これで町の学校の本年度はすべて終了した。町の学校で授業したのはまる4年か。いろいろあったこの期間を一言で言ってしまえば、 「楽しかった」ということになろうか。学生に感謝するのみである。

posted by Starless at 23:42| 東京 晴れ| Comment(0) | バイト・非常勤など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月16日

退職手続き

 もうだいぶ前のことになったが、町の学校の退職手続きをした。といっても、今学期(あそこは三学期制なので)の成績を提出し、 名札やらタイムカード(大学などでは普通ないのだろうが、ここではタイムカードがあった。たまに二回とも「出勤」のところを押してしまい、 そのつどお叱りを受けた。まあ、めんどくさいことこのうえない)、さらには入ったときにもらったファイル(まあ、所謂普通の穴あきファイル) まで返すことに。そして教育部の偉い方(といっても今年からなので何回かしか話したことはないが)と少々お話を。何だか 「このご時勢にやめちゃって大丈夫〜」とも受け取ることができそうな(笑)お話を軽く受け流す。

 こうして退職手続きが終わるまで、わずかに20分ほど。あっという間である。しかも、事務的である。 これに異議を唱えるつもりはないが、少々寂しい思いをする。その後ロッカーを整理。 中国語の入門のときに使った文庫本は全部ここにあったのか。どこにあったか忘れておったなあ。あとはすべてゴミ。 そのほとんどは以前テキストのコピーを配布した余りだが、4年前の中検の申込書(そういえば、なぜだか家に届けられたっけ)やら、 台湾で買った芸能新聞(これはまあ、一応は「繁体字ってのはこういうもんだよ」と見せるためのもの)やら。まあ、 正直申してほとんど存在すら忘れていたものだが、こんなところで見守ってくれていたのか。

 というわけで、IDも何もない私は、町の学校では完全に「不審者」となってしまった。これからは、学生たち/あるいはOB・ OGたちだけが私のIDとなってくれるのかもしれない。まあ、やめてしまえばホントにあっさりですなあ。

 いろいろ感じることはあるが、それは町の学校の最後の卒業式&卒業パーティのあとにでも書こうと思う。とりあえず、 今回の更新はこれだけということで…もうすぐ次も更新されるかもしれないのだが(笑)。

posted by Starless at 18:00| 東京 晴れ| Comment(1) | バイト・非常勤など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月02日

映画など、町の学校最終授業

 さて、町の学校の三学期ももう終わり。ということは、ここで教えるのももう終わり、ということでもある。 最後はやっぱり映画ということで、二つのクラスのために三本の映画をチョイスしてきた。教育にかこつけて好きな映画を見る、もとい、 中国文化を知る教育の一環ということで、まあ、いつものことだったが、これももう終わりになると思うと寂しくはある。

 まず、3限の入門のクラスには、「きれいなおかあさん」 を見せた。個人的にはさほど好きな映画ではない。特に、冒頭に「障害者を育てるのは大変」云々と言ってしまうような演出?は、 どうにも情感をそぐし、あまりにストレートで、以後の小さなエピソードも心に沈んでこない気がする。ただまあ、 わかりやすいと言えばわかりやすいし、感動する部分もあるといえばあるし、よかれ悪しかれ平均点くらいの映画だったような気がする。 中国社会の身障者に対する露骨過ぎる目線(確かに、 何かちょっと人とは違うようなことがあると中国では異様に視線が注がれるような気がするなあ)、行政や社会制度の不備、それによくいがちな 「おせっかいな隣人」(しかも本人のことをホンマに考えてるんかいな、という感じもまたありがち)。このあたりの描写は、 中国の一側面を描いているように感じた。まあ、やっぱ少々「教育テレビ」的ではあるけどなあ。

 次に4限の中級文法(中国語専攻)の連中には「戦場に咲く花」。一回は日本の、 とりわけ戦争の絡んだ映画を見せた方がいいかなあと思って選んでみた。いろんな意味であんまり「エゲツなく」ないし。 今の学生はわかりやすい方が喜ぶ(というよりも、ストーリーがちょっと複雑になったりすると自分で物語を追えないのかも)ので、 そこそこの反応。映画自体はやっぱり決して明るいものではない。乱暴に短くしてしまえば、日本人と中国人の両方が自分の中にある「何か」 を守るために死んでゆく、というだけのもの。こりゃまあ「好評」とはいくまい。でもまあ、日本と中国の関係が「カンタン」にはいかぬ 「タダナラヌ」ものであること ―特に後に漢奸とされる中国人通訳の立場から両国関係の複雑さを解説すると、 何だか判ったような顔をしていたが― は、体感的にわかってもらえたかもしれない…というのは希望的観測ですが(笑)。

 今回は(今回も?!)映画は平板な感想で申し訳ない。もう少し頭を使えばちょっとはマシな「映画論」 でも書くことができたのだろうが…。

 授業終了後、学生たちと記念撮影…というよりも、学生たちのカメラに私がひっきりなしに写しこまれた。あと、 いろんなフレーズ録音されたし(笑)。まあ、こんなもんか。この学年は卒業まで見届けることはできなかったのですまないと思う。でもまあ、 仕方がないのだ。 

 これでまあ、山の学校の授業はすべて終了。丸4年だったと思うが、あっという間に過ぎたような気がする。私が 「中国に関することを教えてカネをもらう」最初だったので、やはり感慨深いものがある。まあ、 こんなのに付き合わされた学生はたまったもんではないだろうが、彼らと付き合うことで私もいろいろ教わったのは事実。やはり一番感謝したい。 あとは私にこの職を譲っていただいた方、そして私の後を引き継いでくださる方にも感謝。この職業、いろいろあるけれども、 結局はこういった人たちの善意によって成り立っているんだなあ、と痛感。まあ、退職手続きは(この時点では)まだなので、 感想はあとで書くかもしれませぬ。

 <追伸、というよりオマケ>ボツ?になったもう一本の映画は、「中国、わがいたみ」でした。 私は見たことがなかったので後日見たのだが、正直申して学生たちには見せなくてよかったかも。いろいろツッコミどころもあるし、 まずもって芸術性が高すぎて今の学生ではガマンして見ていられないだろう。私も少々辛かったし(笑)。

posted by Starless at 23:14| 東京 晴れ| Comment(0) | バイト・非常勤など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

疲れを取る

 結婚式から約二週間、ようやくできた週末の休み。相方と二人で、箱根にある相方の会社の保養所で骨休みしてきた。二泊三日の、 まさに「寝ているだけ」の旅?!

 相方の会社の保養所はいくつかあるそうだが、ここは比較的すいている…週末なのに三部屋しか使われておらず、 日曜日に宿泊したのは我々だけ。我々は保養所のおばちゃんの料理を食べ、誰もいない温泉にしこたま入り(まあ、 大浴場と言っても使っているのは私たちだけなので、完全に一日中貸切温泉だ)、ロビーでマッサージチェアに好きなだけ座り (しつこいようだが他に誰もいない)、やることといえば部屋で桑田佳祐の去年のAAAでのライブ「昭和八十三年度! ひとり紅白歌合戦」 を見るだけ。のんびりすることしきり。

 ちなみに「ひとり紅白」では、「時の流れに身をまかせ」「勝手にしやがれ」あたりがよかったねえ。基本的に歌がうまいので、 何歌ってもけっこう似合っていましたなあ。ちなみに、DVDでも発売されるとのことです。

 月曜日も朝風呂に入り、朝ごはんを食べて宿を出る。おばちゃんに小田原駅まで送ってもらえるというラッキーもあり、快適そのもの。

 帰りに小田原でここでパンを買い (コッペパンがものすごくうまかった!)、東海道線に揺られて帰京。そのまま昼から山の学校で授業となりました。

 いや〜、よかったよかった。のんびりのんびり。これで格安なんだから。いつでも行きたいもんであります。

posted by Starless at 12:33| 東京 晴れ| Comment(0) | 日常雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月25日

結婚しました

 今回は、何とまあストレートな。

 そうです。ついに、あるいはようやく?相方と「生涯のパートナー」になりました。 実は口頭試問が終わってからもけっこう忙しく動いておりました(まあ、ヒマそうには見えたかもしれませんが…)。そう、「結婚式」 なるものを挙行したのであります。

 で、てはじめに入籍を。2月3日 ―私の誕生日の翌日、というよりも他にもっと重要な意味があるのだが― に、某区役所にて、 朝イチで入籍いたしました。当たり前ではあるが、その直後に住民票を取ると、相方の名前が変わっておりました。うわあ、 ホントに結婚してるがな(アホか)。さらにしばらくして、両親が所用で家族の戸籍抄本を取ると、しっかりと記載されていたそうな。まあ、 当たり前といえば当たり前だが、じーんとしてしまう私でございました。

 で、結婚式ですよ。2月15日(日)。横浜にて。

 写真は恥ずかしいので載せない。披露宴で用いた花の写真でも↓。

 

 自分で言うのもなんだが、かなり好評であったようだ。挙式には学生たちも来てくれたので、ずいぶんにぎやかな(いや、「やかましい」 の方が適切か?!)ものとなった。でもまあ、あんな学生たち(失礼)でも、来てくれたのはありがたかったし、そのへんは(たとえ非常勤でも! !)教員冥利に尽きるのかもしれんなあ。しかし、学生たちには「ブーケは取るな」ってあんなけ言ってたのに…。
 披露宴の方は、年齢も年齢なのであんまり「幸せの風船〜」といった類の派手な演出はしなかったが、司会者の方の努力もあって、 場は持ったようだ。料理もうまかったのだが、いかんせん新郎とあってはすべて食うというわけにもいかない。 スライド上映の際に影でコソコソかなり食べたが、それもしっかり見られていた(笑)。でもメイン料理はうまかったなあ。 タッパに入れて持って帰りたかったなあ(セコイ!?)。

 式の翌日は、両親と親戚などで横浜見物。山下公園、大桟橋、中華街などをそぞろ歩く。天気もきれいに晴れたので、 なかなかの観光日和。私は横浜とは何の縁もゆかりもなかったが、そういえば清末には梁啓超もいた町だったなあなんてことをふと思い出す。 そうすると町にも興味がわいてくるというもので、いきなりこんな本を買ってしまいました (ま、古本やけど)。中華街で昼ごはんを食べ、夕方に帰宅。さすがに疲れましたですよ。

 「結婚式」というのは、私が身を置く業界?ではとかく軽視されがちだ。なぜかはよくわからないが、一言で言って「カネのムダ」 と考えられているからだろう。やったとしても某大学近くのG会館などでやるのが「エライ」といった風潮が今でも存在するような気がする。
 私はあんまりこういう風潮が好きではない。別になんだっていいじゃないか、と思う。特に私の場合は相方が全く違う世界 ― 最初はかなり戸惑ったもんです― にいることもあり、こうした思考に違和感を覚える。かくいう私も最初は「ジミに」と主張したのだが、 「どうせやるなら」となっていったような気がする。まあ、かといって世間でかつて言われていた「ハデ婚」とは一線を画すようにしたが。 早い話が、ヘンな規範意識に惑わされる必要はないということです。
 私の式場選びのポイントは、「死ぬまでつぶれないこと」でした。おそらく今回お世話になった場所は、 よっぽどのことがない限りなくなりはしないだろう。建築が役所の保護を受けているから。いわば自分の生命よりも長い「場」を求めたのだが、 それは私が命の短さ/時間の長さを感じているからなのか、あるいは単に私が「存在するモノ」にこだわっているだけなのか、 そのへんは自分でもよく分からない。でも、「時間の流れを感じていたい」という感覚は、自分のなかにきっとあると思う。あの古い建物、 そして会場は、私にたびたびそうした感覚を呼び覚まさせてくれた。歴史を考えることは、そうした感覚の鋭さが必要なんじゃないのか、 そして私はそうした感覚があまりに鈍かったのではないか? ―こんなことを、こともあろうに披露宴の最中にふと思った。

 ともあれ、ですよ。式に出席していただいた皆様、ホテルのスタッフの皆様、そして何より相方に感謝したいです。

 そうそう、私はまだ授業してるんですよ。町の学校の最終章、といったところ。昨日試験をすべて作り、明日はすべてテスト。 もちろんめんどくさいといえばめんどくさいのだが、この学校特有の?この煩わしさも最後かと思うと寂しくもある。学生たちよ、 もう少しだけつきあっておくれ。

posted by Starless at 15:17| 東京 霧| Comment(1) | 日常雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月07日

これまた

 これまた、本当に久しぶりの更新ということになるねえ。「まだやってんのか」という話もあるが、まあ、一応やってるんですわ。 開店休業状態やけど。

 今回更新しなかったのは、忙しかったから。そして、精神的にも参っていたもので。今回、その「参っていた」原因の一つがなくなった? ので。

 それにしても、正月からここまで、本当にバタバタしていた。大晦日に祖母が他界し、正月開けには東京でお通夜と告別式に出席。 高齢だったとはいえ、全く予期していなかったので精神的にショックは大きかった。でも、亡くなった方にこんなこというのも何だが、幸せで、 安らかな亡くなり方だったように思う。私も同じようになれば、と思うほど。でも、相方を見せてあげられなかったのは本当に後悔している。 「孫孝行」は最後までできず。

 最大のガン(?)は、先月末に行われた、学位申請論文の口頭試問だった。何とか終わったのだが、もうホントに「グダグダ」 というにふさわしい?内容。よくこれで、という感じだったなあ。やはり未熟であることは明らかで、恥じ入るばかりだ。まあ、 終わったのだからそれでいい、とすべきか。

 あとはまあ、いろいろあるのだが、ここではとりあえず言わない。町の学校は授業が3月初旬まで(!)あるし、 一部の非常勤先の成績をまだつけていないので、教学関係もまだ「年度が終わった」とはいえない状況にある。 教科書の指定とかもまだ残っているし。
 それに、仕事関係でもやることは山積みである。これもまたちょっとここでは言えないのだけれど。いやはや、ホントに時間を有効に使わねば、 と思いますよ(「思っているだけ」というところが悲しいが…)。

 「今年の目標」かあ。もう一ヶ月以上過ぎてしまったが、やはり「研究上の業績」ということになるんじゃないかねえ。 たまには仕事もせねば…。

posted by Starless at 01:28| 東京 晴れ| Comment(1) | 日常雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

これまた

 これまた、本当に久しぶりの更新ということになるねえ。「まだやってんのか」という話もあるが、まあ、一応やってるんですわ。 開店休業状態やけど。

 今回更新しなかったのは、忙しかったから。そして、精神的にも参っていたもので。今回、その「参っていた」原因の一つがなくなった? ので。

 それにしても、正月からここまで、本当にバタバタしていた。大晦日に祖母が他界し、正月開けには東京でお通夜と告別式に出席。 高齢だったとはいえ、全く予期していなかったので精神的にショックは大きかった。でも、亡くなった方にこんなこというのも何だが、幸せで、 安らかな亡くなり方だったように思う。私も同じようになれば、と思うほど。でも、相方を見せてあげられなかったのは本当に後悔している。 「孫孝行」は最後までできず。

 最大のガン(?)は、先月末に行われた、学位申請論文の口頭試問だった。何とか終わったのだが、もうホントに「グダグダ」 というにふさわしい?内容。よくこれで、という感じだったなあ。やはり未熟であることは明らかで、恥じ入るばかりだ。まあ、 終わったのだからそれでいい、とすべきか。

 あとはまあ、いろいろあるのだが、ここではとりあえず言わない。町の学校は授業が3月初旬まで(!)あるし、 一部の非常勤先の成績をまだつけていないので、教学関係もまだ「年度が終わった」とはいえない状況にある。 教科書の指定とかもまだ残っているし。
 それに、仕事関係でもやることは山積みである。これもまたちょっとここでは言えないのだけれど。いやはや、ホントに時間を有効に使わねば、 と思いますよ(「思っているだけ」というところが悲しいが…)。

 「今年の目標」かあ。もう一ヶ月以上過ぎてしまったが、やはり「研究上の業績」ということになるんじゃないかねえ。 たまには仕事もせねば…。

posted by Starless at 01:23| 東京 晴れ| Comment(0) | 日常雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月31日

今年も一年

 いやはや、もう今日は大晦日であります。本当は一年の総決算をしないといけないのだが、まあ、それはめんどくさいので新年の抱負とともに書くということで(笑)。

 今回は、ここ最近のことについて。23日、開催予定であった「ロイ白川&イーグルプロの面々を見守る会」が急遽中止になったため、修士時代からの友人達と酒を飲み、鍋をつつく。いやまあ、話のネタの尽きないこと。結局夜中の3時くらいまで。

 24日。山の学校の年内最終日。3時過ぎに寝たというのに6時半頃起床し、かなり“きつい”状態で大学へ。何もクリスマスイブに授業なんてやんなくても、という声にお答えして?時間の半分はビデオを見せた。最近ついに!導入したHDレコーダーからビデオに落としておいた、「激流中国」のチベット編(そう、あのやり手漢族社長がチベット文化をカネに変えまくる、少々人間不信に陥りそうなやつです)。まあ、学生は正直あんまりちゃんと見ていなかったし、眠気で私もあんまり見る気がなかった(学生たちよ、すみませぬ)か。でも、一部の学生からは「えげつね〜」という声が。女子大の方は「ファッションブランド」の回でも見せようかねえ。
 あとの半分は試験の告知と、FDサマ。これでここもあとは試験を残すのみか。正月休みの間に作っとかないと、どんどん立て込んでしまうなあ。

 25日から26日にかけては、箱根で温泉に。夏にも行った宿に再び投宿。今回は「展望風呂」付き!オマケに金目鯛の煮付け付き!少々贅沢な気分で。
 しかしこれがまたいいんですよ。風呂は気持ちいいし(寒いのがまた格別)、ご飯は上手いし、宿は少々ぼろいところはあるけどなかなか風流やし。すっかり気に入ってしまった。紅葉のときにも行ってみたいなあ、と感じた次第。

 27,28日は、ひたすら(というほどストイックではないか)頼まれ翻訳。ううむ、疲れた。

 29日に実家へ移動。当日は東海道以外の新幹線のシステムがおかしくなっていたようで、ものすごい混み方だった。なぜだか上海駅を思い出しながらホームへ。指定券を取っていたので、まあ、座ることは出来ました。隣の人(一心不乱に漫画読んでた)も名古屋で降りたため、あとは比較的楽に。実家では西太后、もとい姪が居座っておりました。言葉を覚えるのが異様に早く、オマケに3才にして携帯電話の使い方も覚えたようで、自分を取った動画をいとも簡単に再生したり、自分で自分の写真を撮ったり。このくらいの子供ってのはすごいねえ。

 で、実家で某書類を書く。自分で自分を褒めることほど難しいものはない、と感じましたです。はい。

 てな感じで大晦日ですよ。やはり紅白ですかねえ。というより他のテレビがあまり面白くなさそうだし。BSでいいのやってないかなあ。

 というわけで。今年も一年、こんなところを見ていだいてありがとうございました。来年もこんなペースでのんびりやっていきますので、乞うご期待…とまでは言い切れないが、たまには見てやってください。

 それでは、良いお年を!
posted by Starless at 16:28| 東京 晴れ| Comment(1) | 日常雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月12日

近況いろいろ

 さてまあ、もう12月。すっかり「年の瀬」という感じがする。

 とはいえ、私はというと全く変わらぬ日々を送っております。非常勤の授業のために試験を作ったり(都合15個くらいかねえ)、 採点したり、頼まれている翻訳を進めたり。まあ、時間は相変わらずないので、ここもあんまり更新しなかった、という次第。

 まあ、正直申すとここをやめることも考えた。というのも、忙しくなったことと、もう一つは現代社会が「意見」 をあまりにも簡単に言えてしまうため。後者についてはつとに指摘されているところだが、メディアの受け手と送り手がもはや一方向ではない。 Webの世界では、いまやどちらかと言えば今までの「受け手」の方が大手を振っているような気がする。私はやはり「送り手」 たりえたいとは思う。ただ、「プロ」としてやるなら実名じゃないとダメだし、それで食っていくくらいの心意気もないと続かないだろう。 そこについては、自分の考えははっきり言って首尾一貫していない。だからやめよう、と考えていたのだ。

 でも。頻繁に更新はしないものの、日記サイト時代から数えて都合7年間もやってきたこのblog。やはり愛着はある。それに、 ためにはグチも含めた「意見」を書きたいことだってあるだろう。だから残しておくことにした。自分の備忘録 ―ここ、 意外と自分の行動を思い起こすためにも使っていたりする―としても、皆様の反面教師(教師と言うほどではないこともわかっているし、 誰も私から学ばないだろうが)でもありたいし。

 というわけで、まあ、近況報告を。ここ一ヶ月あまりの間で大きかったのは、町の学校の非常勤を辞めたことか。町の学校との付き合い― 決して「腐れ縁」ではございませぬ―については、このblogでも何度も書いたところ。だが、 このたび町の大学の他学部から授業の依頼があり、体力的・時間的にコマ数をこなせなくなってしまった。そこでまあ、 愛着はあるが手間がかかりギャラも低い町の学校に別れを告げることにしたのでした。

 いろんな意味で寂しくはありますな。ここでの非常勤は「教育歴」にはならないかもしれないが、初めて「中国語」 でカネをもらうということもあって、「教学」という意味では一番勉強させてもらったところだった。学生も大学とは一味違う奴らばっかりだし、 教務はヘンだし。でも、学生と連絡を取ったり、食事に行ったりするのはほとんどがここの学生あるいは元学生たち。 最近も学生9人と池袋中華街(と最近いうらしい)で四川料理食べたし。学生に罪はないのだ。

 ともあれ、来年の3月までで町の学校は離れる。でも、愛着のあるところだから、やっぱり「キレイに」辞めたいねえ。 卒業パーティまでは学生たちの「先生」でいたいと思う。それが終われば「ただのおいちゃん」やけど(笑)。

 さてと、他にもいろいろ書きたいことはあるが、このへんで。次は…もっと早いうちに更新いたしますので(笑)。

posted by Starless at 21:33| 東京 晴れ| Comment(1) | 日常雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする